「熊の鼻」を後にし国道45号線を一路南下した。日はすでに落ち暗闇が訪れかけていた。津波の被害が大きかった田老町は日が落ちてから通ることになりそうで、それは被害の様相をあまり目にしたくない私にとっては幸いなことだった。
そんなとき、「真崎海岸」の表示板が目に入った。真崎海岸は、本来はこの日の予定に入っていたのを諦めていたのだが、迷ったあげくに場所だけでも確認しておこうとハンドルを切った。これが間違いだった。
1kmほども走ると、薄闇の中、津波の被害の大きさが現れ始めた。恐らくは観光地としての施設が多くあっただろう海岸近くは、土台を残すだけで、当然のことながら人気は全くなく、津波は今は引いているだけでまた襲ってくるような恐怖すら覚えた。海水浴場への道路は封鎖され、近くの展望台への上り道も半ばくずれている。くずれた展望台になんとか上がった。その風景は薄暗闇の中威圧的にせまり、恐ろしくも美しかった。
すっかり暗くなった国道45号線を走る。折角、震災の甚大な被害をできるだけ見ずにすまそうと選んだ今回の旅程だったが、最後の最後にその凄みを見せられてしまった。やはりその恐ろしさから目を背けるわけにはいかないのかも知れない。
田老町に入ると、暗闇の中信号だけが光っている。「見たくない」と思う反面、「見なければならない」との気持ちもあり、観念して車を停めて辺りを伺うと、高くそびえる防潮堤の中の町が、根こそぎ消滅していた。
その後、大槌町、陸前高田、南三陸町など、人気の全くない真っ暗闇の被災地から、逃げるように仙台まで走った。
































